TABINIKKI

コガワジュンペイのフィールドワーク日記。

全てがアンダーコントロール

みなさんはテイラースウィストの新曲のMVを観ただろうか。

 

 

こんな人観たことない。

 

幼少期からCDセールスを毎週チェックし、愛読書は日経エンタ!の私が僭越ながら申しますと、、

 

基本的に、メジャーアーティストというものは、以下のような変遷を辿ります。

 

ファーストアルバム→ダイアモンドの原石からのご挨拶。イモっぽさもご愛嬌❤︎(あのスマッシュヒット曲入ってます❤︎)

 

セカンド→もう少女じゃないの(ミリオンシングル入ってるよ!シングルカット用のMVまで作っちゃった!)

 

サード→少しだけ別な音楽的アプローチ。なんだかエロい。(これまでのイメージ取り入れつつもなんだか新鮮⭐︎)

 

ベストアルバム→第一章の終了(決算あるよ!)

 

4枚目→自己プロデュースしました❤︎orコラボしました❤︎(事故になるか華麗に脱皮)

 

で、この脱皮のタイミングが非常に重要で、

  

・脱皮をして、本人は満足なのだが、それまでのイメージとリスナーが期待するイメージが離れすぎてしまって、事故るパターン

 

・脱皮してはみたものの、本人にもまだ若干違和感があってそれがリスナーに伝わっちゃう、事故るパターン

 

などが多いのです。

 

しかし、テイラーの場合はそれをギュンと突き抜けてしまいました。

 

カントリーを唄っていた頃の彼女はここまで化けることは想定していたのでしょうか。

やらされてる感ゼロ。

 

外から見られてる自分と、自分が知ってる自分との境界線を健全に保たれていないとできないと思います。

 

アップルミュージックの一時撤退をした言動から見ても、クリエイターの自分を、ビジネスの現実面から主張したことからも、その精神が伺えます。

 

そこがうまくいかなくて、メディアに誤爆したり、あることないこと言われたりするのですが。

 

扱っている曲のテーマがテーマだけに、
作っているうちに潰れないかしら、などという心配は杞憂に終わりました。

 

逆にそれを作品に変えてしまいました。

人気絶頂のタイミングで。

 

また、外注しなきゃいけなそうな曲を自分で書けちゃえるというのが、強みなんだと思いました。

 

reputation(評判)を作品に変えるのはよくあるのだけど、見てて気持ちいいのです。

 

作品の中で自分まで殺しちゃったという。笑

 

 最後、いろんな時期のテイラーが出て、その時にあった事を皮肉るセリフが出ますけど、

 

最後、そういったことも

 

うるせー!

 

と言って終わります。笑

 

ここまでくると、1つの映画みたような気になります。

 

ザ・エンターテイナー。