TABINIKKI

コガワジュンペイの活動日誌

日没19:30

大学の卒論のテーマが、

「地域的行事に参加したことのある人はその後の精神的生活にどのような影響を与えているか」

といったようなものだった。

率直に言うと

物心つく前から祭りに参加する人は、心のバランスがとれる何か技術を得る、みたいな仮定。笑


すごい断定的だし、数値で表すのが難しい。


量子物理学が大発見したら目に見えないことも表せるかもしれない。


私の仮定はこうである。想像なの。でも、子どもの時から信じてるの。

全ての現象は、目に見えないほどの粒子でできていて、空気も、目の前のスマホも一緒なの。

粒子の密度の違い?、結びつき方の違い?

だと思う。たまたま、スマホは見えて、他人の怒りは見えない。

でも、空気を読む、ということを想定すると、
相手の表情みなくたって、背中でわかったりするじゃない?

背中が猫背がそうでないか、という見た目の要素もあるけど、

それ以外にも、

怒れる時には、その人の周りに怒りとして他人が認識してしまう波状の粒子が発生してるということ。

それを認識する器官が身体に備わってるんだと思う。

その器官自体も見えない粒子でできているかもしれないし。耳か、脳やその他臓器かもしれない。

そういう感知って動物が得意。

特に猫。ネコ。

だけど、人間の場合、食べ物と、住環境とストレスでその器官にノイズが入っちゃってうまくキャッチできない、なう。

そこを、本で補う。

みたいな仮定です。

もう行かなきゃ!